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涼しい日曜日の朝

始めてのパターン

テニスクラブへ行く前にマクドでまったり。今日は1時から二時間のシングル練習だから、朝はゆっくり行くこといした。と言っても、起きる時間は同じだし、朝に家に居てもすることもないし、朝ならマクドも空いていてゆっくりできるだろう、と思い家をでた。案の定空いているのでゆっくりできている。私はこんな生活をこれから送っていくのだろうか?そう思うと幸せなことだ。人生の終盤にプレゼントをもらった気分だ。ただこのプレゼントは楽しめる賞味期限があると言うことだろう。健康に生きている間に楽しめるという有効期限月だと感じている。だれしもが通る道なんだけれど、そのときが来たのかと実感している。

格差嫁の確定申告

申告内容とその対策の大筋が分かって来た。今分かっている範囲で年間150万円ほどの節税ができる。予想していたより大きい。私の手間も掛かるし、会計ソフトを使うことも条件になっている。だから年間私のアルバイト料として50万円ほど計上することにする。これを我儘な嫁が認めるかどうか?認めなければ、私もしない。それで夫婦も終わるだろう。それならそれで良い。家内独りでは何もできないし、実家に頼ったところで、申告業務をするだけだろう。

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格差社会の縮図

家内の確定申告

今年の分から確定申告を二人分しなければいけない。しかも、私の申告の方が遥かに少ない。不愉快ではあるが、この20年の生き方を振り返ると、この程度のこと大した事ではない。今まで苦労して支払っていた嫁の年金や健康保険そして諸々の保険や携帯電話料金が全て嫁負担にすることで年間60万円程度私の負担が減る。家内の不労所得と私の仕事での稼ぎでは大きな格差ではあるが、今の仕事を継続できれば、私には十分な小遣いも残るはずだ。と言って精々5万円程なんだが私はそれで幸せを味わえる様になってしまった。これが本当の幸せなのかも。と思っているくらいだ。

テニスクラブでの色々

私が教えているつもりで話ていることで、あなたは相手に対してリスペクトがない とまで言われてしまった。でも良かったと思っている。その言葉で、彼とも縁が切れた。本来テニスだけで言えば、私が相手をする人間ではない。これでテニスクラブ内にも多くの縁切りメンバーが出来た。縁を切ると言っても話は普通に表面を合わせてする。私がこの4年のテニスだけをみて理解できる人はいない。それくらいに私のテニスは向上したと言うか、昔の私のテニスに近づいた。それを言っても分からず、知ったかぶりをしている、上から目線のメンバーは全員縁を切っている。場合によってはクラブを代えることもあり得る。と思いながらも明日も、明後日もクラブに通う。私の人生の縮図の様にも感じて面白い。どの様に変わっていくのか、それが私であっても、回りであっても、眺めている自分が居て面白く感じている。

モチベーションを維持する原動力

12月の7日から、次のテニス大会、ジョップ大会、が始まる。この試合力が私の原動力だと思っている。試合の勝ち負けではなく、対戦力が有れば何とかなっていくと感じている。ところがこの気合いが失せるとこの状況も消えるのではないか?と感じている。そんな面だけを考えると、寂しい人生なのかもしれない。しかし、回りを見ても誰独りとして自分を本当に楽しく生きていると感じない。同化して自分を隠して良い子になって納得しているとしか感じない。私はそんな生き方はできないことは分かっている。だから、子の人生が楽しいのであって、孤独を寂しがるのではなく、孤独を楽しんでいると考えている。

 

私本来の仕事を見失っている

嫁の不労所得の収入に、自分の仕事が馬鹿らしくなってしまう。しかし、それではダメ。どこまで行っても自分しかないんだから。誰も助けてくれない。自分で何とかしなければいけな。私は借金まみれでまだ出口には近づいてない。テニスでモチベーションを養って、前へ進まなければいけない状況であることは何も変わってない。ここを乗り越えなければいけない。乗り越えたときは人生が終わりに近づいているのだが、これも仕方がない。それしか私の残っている選択肢はないのだから。私本来の仕事と家内の不労所得を比べてしまうと、やる気が無くなる。これが最も悪い方向なのだ。気持ちを取り直して、良く深くならずに、自分のペースで生きるしか方法はない。だから私は、世間一般のチマチマした仕事で少ない稼ぎを続けなければいけないし、私にはそれしか進むべき道はない。この根本を見間違えるとダメになるしかない。損な生き方なのかもしれないが、それでも、幸せを感じられる感性が養われているから十分なのだ。

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テニス馬鹿

テニスが生活の柱になって

テニスでここまで生活が変わるとは4年前に思ってもいなかった。幸せなことだ。反面、柱を維持するためには、太くする事を考えなければできない。となると、ジョップ大会でチラホラ見るテニス馬鹿に近づいて行っている。仕方がないことなのだが。その影響で嫌われる相手が変わって来た。人の集まりは何処でもこんなものなのだが、その通りになっている。進歩するためには仕方がない。また暫くの時間で収まって行く。私のこの4年のテニスの変化は自分でも感じているが大きい。自分でも変化が分かるくらいだから、他人からは理解出来ない人が90%なのだ。学生時代のテニスがある程度生き返って来たからなのだが、それに気づかない人が90%でり、昔の話を少ししても理解の枠を遥かに越えている。Sundayテニスしか経験の無い人には未知の世界であり、理解して欲しいが無理なのだ。

これから、第三度目のテニス環境変化を成し遂げられれば

環境変化をなせれば、まだまだ腕は上がる。鍵は環境を変化させることだ。ひとつに考えられることは、ジョップ大会で練習相手を見つけること、第二に松田を通してサンランドに繋がることだろう。そして今の足手まといのメンバーとは疎遠になることだ。私が精神的に弱いから、相手に合わしたテニスをしてしまうことが、成長を妨げている。精神的に強く成れれば問題がないのだが、私は弱い。でもテニスを柱にするなら高見を望むなら、環境が大切だ。

 

 

朝マックコーヒー

週に3~4回来ている。タブレットに向かって日記を書いて、頭の整理をしている。これも1つの楽しみになっている。金がないからその遣り繰りを考えていることも良くある。夫婦間にも問題があるからその事も多い。仕事についてもある。そんなことを考えている、いや、妄想しているのも楽しいものだ。私は友達がいないし、夫婦でも会話の少ない関係だから、唯一の友達がこのタブレットになっているのかもしれない。まだまだ借金に囲まれている私だから、稼がなければいけない。漸く借金返済に遠い将来ではあるが、返済できる見込みが見えて、少しの安心感を抱いている。そんな程度の低い人間だから、まだまだ働かなければいけない。それが、この貧乏が幸せの原動力なのだから。

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テニスと仕事があるから幸せ

私の刺激はこの二つ

生きていくのにあ。刺激が必要なのだとつくづく感じる。一番刺激を受けているのがテニスであり、さらに刺激を受ける為にジョップの試合にも積極的に参加するようにしている。近い内にジョップ大会の参加者で近く人と練習会を出来るようにしていこう。そうすることで、練習内容も格段と上がるだろう。皆さん練習相手に不満を抱いている人が殆どだから。自分の変化に合わして環境も変化させることができにと楽しむことができない。もちろん、今までの練習相手が同じ様に変わってくれ向上心をもってくれていれば一番幸せなのだが、日と夫々そうはいかないことが多い。もしかしたら、夫婦関係、家族関係もそうなのかも知れない。切る訳ではないが、関係性は変えなければ次に進めない。また止まっていることも出来ないのが当たり前のこと。この刺激を楽しめるのが幸せなんだとつくづく思う。人生も最終章になるとそんなことを感じることも出来るんだろう。最終章に入っても青春を楽しんでいるような者かも知れない。

刺激があるから感性も活性するのかな?

毎日同じことを繰り返すだけなら、ボケてくるのも当然なのだろう。脳が死んでいくのも自然の摂理なのかもしれない。山奥の村で半自給自足の老人はテレビで見る限り、皆さん元気だ。恐らく病人で大変あ思いをしている人は、既に他に移住しているからだとは思うが、元気な人が多いのも事実だろう。自然から適切な刺激を与えてもらい、生きていく大変さが刺激になっているのかもしれない。楽をしてしまうと、究極の楽をしている状態は、しに近いのかもしれない。そう考えると、私は幸せな人生を送っているのだろう。事実がその通りかどうかではなく、そう思えて毎日生活していることが幸せなんだと思う。

私の生活場所はどこ?

テニスにここまで填まって、テニス中心の生活になってきても、別荘地かいなかでの生活を模索することが楽しい。私の環境がそうさしているのだろう。家族の中で私だけが貧乏だから。テニスさえ出来ていればそれで良いと思えている自分が大きいから何とか今を生きているが、家族内の格差生活の息ぐるしさはある。そかも、息子の学費や生活費は私が負担している。これは私のプライドでもあるから納得はしているが、可笑しな話であることに違いはない。といっても、それも後半年もないのだから、このまま続けることが私の為にもなると自分では思っている。もしかすると、そんな小さなプライドが自分を苦しくさせている可能性もあるが、それも仕方がない。自分の感性なのだから。でも、夫婦二人の生活になると、また環境が変わる。どのように変わるかは何の想定もしていない。環境の変化を目で確かめてから考えることだと思っている。だから、可能性としていなかの独り暮らしは現実味のある話になってしまうのだろう。色々調べていると、格安別荘といっても古くてリフォームは必要。マンションなら管理費が高い。となるとさらに安いことはないが、コンテナハウス系の小さな別荘なら工事費も込みで500万円は切って作れる。もっと考えれば300万円くらいで作れそうにも思える。となると、安い別荘地があれば作ることも可能かもしれない。色々見てはいるが、インターネットえみているだけだが、間取りも悪いし、リフォームしたなら合計500万円位必要かもしれない。そこでDIYの考えが出てくるのだが、それなら、新築のとき、コンテナハウス系のときにも DIYを取り入れることができれば、当然価格は下がる。こんな方向もあるだろう。コンテナハウスといっても工事現場やイベントでの特設売り場ではなく、リゾート地の小さな別荘様のハウスもインターネットに掲載され、販売されている。上物だけなら150万円くらいだ。上下水道、電気の引き込みなどの工事にいくら掛かるかが分かってないが、100万円くらいでできそうな感じを受けている。となると250万円で小さないえができる。そこに DIYを加えれば、材料費に50万円かけるとすると、そこそこ出来そうに思える。土地が50万円程度であるのであれば現実味を帯びてくる。

月に10泊まで2万円で泊まれるサービス

こんなサービスを提供している会社があるんだ。内容は知らないが、宿泊施設で大きな違いもあるのだろう。街中の施設なら昔にあったユースホステルに似たものかも知れないと思っている。施設のある場所も問題だから調べなければならないが、ユニークな発想だと関心した。民泊やら何やら人口減で建物が余っているのだろう。それに今の景気。株価は下がってないが、異常な経済変動だと感じている。私は、仕事を終えた身だから、適当なことを言っていても何とかなるだろう人間だから、こんなサービスを利用して日本中回るのも良いかもしれないと思っている。これなら、貧乏な私でも、何とか工面できる金額でもあるし、私の仕事は殆ど、どこでもできる。できなもので、インターネット関連の環境はどこも整えている様だから私には持ってこいの施設かもしれない。ただ、私も歳だからできれば寝るときも個室が欲しい、仕事をするときはオープンスペースでも良いのだが、独りへやに居たい時間があると思う。こんな環境があれば、格安別荘も必要がないかもしれない。毎日泊まっても4万円のコースもあるそうだ。一度か二度は試してみる価値が有りそうだ。具体的にはそれから考えて遅くない。この施設を利用している人の年齢層も知りたいものだ。世の中の流れは変わった。人口減の波に乘れる仕事が成長する可笑しな現象に感じる。と言うか、大きな規模で動いている企業が経済の基盤であるとは思えるが、これは既得権のように大手が牛耳っていると感じるから、新しい企業は皮肉だけれど、人口減に乘れる企業に感じる。一昔前はインターネットに乘れる会社ふぁ急成長したが、今の方が経済鈍化が進んでるように感じる。私の場合、借金返済が終わるまでは、こんなサービスを活用するのが良いのかも知れない。これであれあ月10万円の余剰金を儲けられればテニスと旅と仕事を楽しめそうだ。具体的に調べて見よう。ハフというサービスだったと思う。そんな生活を送って、5年間で借金返済できれば最高だろう。コースは2万円で月に10泊コースが私には似合っている様に思う。移動は電車か車か行き先によって決めれば良いし、昔の様に周遊券があるなら電車のときは活用すれば安上がりだし、時期によっては青春18キップが使えるかも知れない。私なりに楽しめる生き方はある様に思える。健康であれば楽しめることは多いようだ。電車に自転車を組み合わすことができればより楽しめる。電動は重いけれど、電動なしなら10kg程度の20インチはある。リンコウで旅を楽しむのも良いかも知れない。年金をもらえる年齢にもなってこんな思いを巡らせるとは幸せな時代だと思える。アチコチ移動するのが良いのか、ひとつの街に5拍位する方が楽しめるかも知れない。その方が費用てきにも安くすむ。例えば 京都に5泊、奈良に5泊と言う具合にだ。地方都市は小さいけれど、私にはそんな旅が似合っている気がする。そう考えると、往復の移動費用と食事代程度だ。食事代を一日5千円とすると5泊で2万5千円。何とかなる気がしてきた。こんな貧乏旅だが、贅沢に思える。南紀白浜に5泊でも良い。電車とレンタカーと言うのも考えられる。レンタカーも安いものも有りそうだ。もちろん、京都や奈良など大きな街ならレンタサイクルも活用できる。考えるだけでも楽しい。

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私が変わって、環境も変わった

身勝手なものだが

テニスクラブでも、練習する相手がいなくなってきている。私の腕が回復してきたことが大きいのだが、そうなると、練習できる相手、練習になる相手が余りに少なくなってしまった。私の変化を理解できない人が90%だから、理解してもらおうと思うと反って溝を深める可能性が高い。放って置くしかないだろう。自分勝手な者ばかりだ。私もテニスが1つの生活の柱だから、何かの方法を見つけなければならない。そんなことの繰返しなのだ。ボタンの掛け違い、はいつでもどこでも起きている。

家庭内でも 環境が変わっている

私の老い。息子の社会人に成長。嫁の遺産相続。など皆、皆独立した経済圏を築いたことが大きいのかもしれないが、バラバラに、元々バラバラの家庭が崩壊ではなう、独立国家の集まりになりつつあり、私は独りの老人になるのだろう。喜ばしい一面はあるが、成長とはこう言うものなんだ、孤独に陥るものなんだと妙に思っている

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自営業で良かった

大きな顔のできる自営業ではなく、儲からない自営業だけれど、仕事があるから良かった。私の世界、小さな世界の中で、テニスだけでは行き詰まるだろう。テニスで言えば、ジョップ大会に参加することで、目標を作れるから、意味があるが、レベルの向上と供に、練習できる相手がどんどん少なくなっていく。これも孤独な世界に近づいている。変化に対応できれば孤独を通り越して、新たな世界に入れるのだろうが、下手をすると、自分に舵取り能力がなければ、孤独に入ってしまうだろう。生きるとはこう言うものなんだろう。

次に入る世界は?

私は、ここでミスを繰り返している

今ごろ気づいても遅すぎる。でも、今頃になって分かって来た。昔なら、このタイミングで今までの人々にまた、同じ方向に目を向けようと言う甘い思いから、誤解に発展することが多かった。そりゃ無理な話だと思う。何故こんな単純な事が分からなかったのか?独りになってしまう怖さだと気づいた。誤解であれ、人の考えを変えることは難しい。ましてや、思い込んでいる人間の頭の中など、容易く変えれるものではない。勇気を持って孤独に向かうことが次の扉を開ける鍵なんだと言うことが何故分からなかったのだろう。次の世界に入って、その扉を今まで関係の合った人に開けて置いて、なかに入って来ようとする人を受け入れれば良いだけの話なのに。今までの失敗を教訓に今度は自分に負けない様にしたいものだ。

自分を見つめる時間も 気持ち良い時間

孤独を避けたい気持ちに負け、ボタンをかけ違う。でも、自分を見つめ直す時間も心地よい。矛盾した話なんだが、現実だ。大勢の中での孤独が辛いのかもしれない。自分の世界に入ってしまう孤独は心地よいのかもしれない。ちょっと危険な考えだが、気持ちの一面は捕らえている気がする。自分の世界に入って孤独を楽しむ、この言葉が間違っているのだろう。自分の世界に入って独りを楽しむと言う方がどこか自然に受け入れられる。そのとき、自然に自分を受け入れられれば、より快適なのだろう。ソロキャンプが一部で流行っているが、彼らもそんな感覚があるのかもしれない。でも、社会の中で大切なのは、大勢の中での孤立(孤独)を上手く生き抜く力なのだと漸く理解し始めたシニアなのです。大勢の中での孤立は、対処方として仲間を集めてしまう。確かにこれも重要なのですが、それができたとしても孤独からは抜けられない。少数の同調してくれた人を仲間だと勘違いすると次の孤立がやってくる。冷静に大勢の中の孤独を味わう勇気が大切になるのだろう。

事務所の役割

第一は、仕事を継続するため。でも、第二は自分を見つめてる自分だけの時間を楽しむ為。大きなポイントはこの二点なのだろう。経費が掛かっても事務所を維持していたい気持ちは、この辺りから来ているのだろう。事務所は半独り生活の場として大切だったのだろう。独りは嫌、ども一人が好き と言う厄介な生き物なのだろう。

内容が変わっても、パターンは同じ

次の部屋が分からないから怖い。それで怯えて動きが鈍くなる。どちらにせよ、留まることはできないのに、何故無難を望むのか?ここで折衷案を見つけようとすると、どちらへも行けずにバカを見る。バカを見続けていたのが私なのに。それでも、またバカを繰返しそうになる。バカの由縁だね。気持ちだけで良いのだから、問題絡みの人物全てを無いものにすれば良いだけ。絵に描いた様な世界は、全て結果論から引き出した思いで話。私が次の世界に入れれば、それに近づきたい人間も必ずいる。その人たちを掬い上げれば良いだけの話。それを何故、悩むのだろうか?八方美人に成りたいだけ、嫌われる日と、私を非難する人を減らしたいだけ。そんなちっぽけな気持ちでは前へ進めない。でも、悩めることは幸せだと思う。この歳で青春とは言えないにしろ、それと同等の悩みなのだから。私はテニスに救われた経験が何度もあり、今回もそうだ、そして仕事にも救われている。今までの生き方は何の結果も残せず、借金だけが残っているが、この気持ちを持てることは大きい。人生に無駄はないと言われるが、私は無駄だらけの生き方をしてきた。ただひとつ良かったのは、今を幸せに思えること。

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ネットショップの見直し

維持費減の目的もあり サプリメント・ショップを見直し

サプリメントは Amazon と 楽天 で売れているが、オリジナルショップはダメ。オリジナルショップ立ち上げのときは、アフィリエイト(マネートラック)を活用すれば、多少の売上は期待できると思っていた。立ち上げて半年経ったが「ダメ」方向を改めることにする。

1.ショップサーバーを無償の「BASE」に変更し作り直す。

2.ヤフオクでメールアドレス獲得を目的として改めて、参加する。

3.メールシステムで「BASE」で作ったショップに クーポンなどを付けて導く。気になる点は、ヤフオク。ユーザーは安く買う為に動いているので、クーポンを付けたとしても安いときだけ買うような層が多い気がしている。メールアドレスを集める為のオークション出品はヤフオクだけに拘らずメルカリなど流行りに注目すべきだ。

メールシステムの見直し

 経費的には 毎月3500円支払っているが、メールシステムで売上に繋がっている感覚はない。ネットショップとして、健康、インテリア、サプリ を運営しているが、健康、インテリアはリピート品ではないので メールシステムに弱い印象がある。そこで、この2アイテムのメールシステムはアフィリエイトを付けて、購入者から知人にお店を紹介してもらうことを目標に考え直すことにする。 サプリはヤフオクでメールアドレスを獲得し、メールで「BASE」店に割引クーポンを付けて導く。この方法で 見直す計画。

メールシステム 経費の見直し

現状 メールシステムが意味をなしていないので、無料のシステムがあれば乗り換えたいが、見つかってなし。一つ見つかっているのがあるが、海外版で全て英語での説明なのでちょっと・・・・。探していると、使えるかもしれないのが、二つ見つかった。ひとつは、登録件数が100件と少なく、もうひとつは、自前のサーバーにプログラムを設定する方法。ちょっと時間を掛けて調べてみることにしよう。メールシステムも経費削減できれば、意味がある。サプリ販売ショップとメールシステムを合わすと、年間10万円程の経費削減になる。細かな話だが、これからの私のビジネスは固定費を下げることが大切だと思う。次に大きい経費は通信費だ。

目標の固定経費

目標の固定経費は家賃も合わせて、5万円を切ること。家賃が 3万2千円だから、通信費も含めて1万5千円で押さえたい。ショップ2件で8千円、wifiが5千円。これらは当面は削減を考えない。宣伝費に現在は1万5千円程使っている。これは1万円程度には押さえたい。ただ、広告費は売上とのバランスが大切なので、また変動費なので削減を急ぐものではない。目標と実績を比較することが大切だ。

サイト造りが スマホ中心になっているようだ

「BASE」を触っていると感じるのだが、スマホの小さな画面を中心に考えて開発されているようだ。一昔前ならスマホ対応を歌っているASPが主流だったことを考えると変わったものだ。小さな画面でユーザーにアプローチする方法として考えられるのが写真であり、さらに動画だと思う。動画を撮影し編集する能力が私にないので動画はハードルが高い。しかし、スライドショーなら私にもできそうだ。スライドショー作成ソフトが見つかれば、早速試してみる価値がある。スライドショーなら写真を幾つか集めて、文字入れして、バックミュージックでも付ければ恰好が付く。画面で占有するスペースは写真一枚分だ。

 

スライド・ショー ソフト見つかった

windowsのフォトなんです。極一般的な無料ソフト。window10に始めから付属しているソフトです。無料で配布しているので、宣伝もなく、静かに存在していますが、最低限の機能はあり、私の条件にはぴったりです。無料で使えるのですから。これで効果が認められれば、おしゃれさがアップできる有料で販売しているソフトにステップアップすれば良い話です。見つかれば、何故今まで今まで見つけられなかったのか不思議ですね。このソフトに出会う為に3日はかかってます。次は、スライドショーを造って組み込んでショップをオープンします。本来の目的である固定経費削減に一歩近づきます。次はメールシステムをサーバーに移行できればそれで、年間10万円の経費削減です。細かな話ですが、ハーフリタイアの私には大切な話なのです。スライド・ショーが上手く出来れば、スマホショップもそれなりに向上すると見込んでます。

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考えが代わって来たかもしれない

お独り様老人を描いていた

子供が独立したら、どこかの田舎で一人暮らしでもできれば良いな・・・と思っていた。本心で思ってはいたけれど、現実から目を離す為の、気持の避難場所でもあった。そのタイミングが近づき、またテニスに没頭する時間が多くなり、仕事、生活、テニスが私の大きな三本柱になっている今は、その考えは残っているものの、実現する為には、三本柱のうち二本を捨てなければいけない可能性が高い。仕事は何とかできるかもしれないが、テニスはまず無理だ。私からテニスを取ることは、生活が成り立たなくなる。となると、お独り様老人の世界に入ったとしても、田舎暮らしは出来なくなる。現実的に考えると、今までの様な、心の逃げ場として思い描いていた世界は消えて行く。

今の生活パターンも悪くないのかも

問題を含んでいる自宅だが、自宅があり、自転車で通っている事務所があり、自転車で通えるテニスクラブがある。移動は自転車が中心だから移動中に寄り道しているのも楽しい。写真を撮り、photopeaで画像編集するのも楽しい。と考えると、問題含みの自宅と事務所を少しでも、過ごしやすくできればそれも幸せかもしれないと思って来た。家賃の支払い勿体なく感じるのであれば、動きやすい同線の中に 中古マンションを買ってしまうのもありかも知れない。ただ、マンションの購入は、今ある借金返済が終わってからだから、年齢的に不可能の可能性もある。今、最も早くできることは事務所の快適さを求める改造だと思えて来た。田舎なり、地方の話は残っているが、遊びとして殆ど行かなくても負担の少ない、中古住宅になってしまう。となると、そんな物有ったとして意味ないのでは?

言い訳になるかな・・・

現実逃避から生まれた趣味だった「田舎暮らしへの憧れ」を抱いて始めは、テニスも出来なかった。テニスを再開して4年が経ち、変わった。変わったのはこの一年かもしれない。まともに打て出してからだ。ここ半年は、さらに変わった。憧れが「ジャパン」になってきているからだ。どちらにせよ、成しえたと仮定しても自己満足の世界から一歩として出ることはできない世界なのだから。自己満足で済んでしまう世界が老人の世界なのかもしれない。

現実を考えると 事務所を生活の基点と考えて行動するのが良いかも

嫁との問題がなくなることはない。本来の我儘娘だから。教育の問題ではない。この事を基盤に考えると、私の生活基盤を作る事が大切だ。しかし、借金問題は解決していない。解決するまで問題はあるが、自宅に居るのが良いと言う安直な考えがある。果たして答えはどこにあるのか?ついに、終点に近付いた気がして来た。今までの私の判断は、本来の目的の為ではあったが、他にも私の弱さ、狡さ、からの我慢だったのだろう。仮に行動としては変わらなくとも、与座さ、狡さからは卒業するべきだ。

大きな勘違いをしていた

もう30年も勘違していたのかもしれない。そう思うと、バカらしい気もするが、これからの残りの人生まで勘違いさせたくない、とは言ってもこの30年は、別の大きな意味があったから、そこに逃げ場を持っていた。過去の判断は良しとして、これからの問題だけを考えれば良い。友達の居なくなった私だから自己責任さへ守れれば、動きは身軽だ。失うものがないとは言えないが、それに近い状況になってきた。歳を取ると言うことの恐ろしい一面なのかもしれない。

愛車(自転車)の後ろブレーキが利かなくなった

今日からだけど、殆ど効いてな。ブレーキパッドが無くなったのだろうか? youtube で調べると、交換は簡単そうに書いてある。交換用のパッドは購入してあるので、早く帰宅して試みてみよう。日暮れが早いから3時には帰宅するようにしよう。ダメなら自転車へ直行しなければいけないから、早い時間でないとダメ。自転車でも毎日乗っていると、問題に出くわし知識が増えるもんだ。読めはレクサスに乗って、私は自転車。我が家の有り様だ。虐げられての自転車ではないけれど、テニスに為にそうしている自転車なんだけれど、回りの人はどのように見ているか?気にすることもないから、私はそう言う人生を歩んできたから、慣れているのかもしれない。

事務所で使う 鍋を買った

こんな事で仄かな幸せを感じる自分が不思議だ。事務所ではあるけれど、これからの人生の起点になるだろう。籍の問題ではなく、誰の気兼ねもなく居れる場所はここだと思うと、心地よいスペースにしたくなって来るからだ。本当に老人一人暮らしになる可能性はあるが、今それは寂しいだろうと思ってしまう。腐ったものでも発酵すれば悪くないこともある。もちろん腐って廃棄しなければいけないことも多い。どちらに進むか、分からない。

現実を見れ始めたのは幸運だった と思う

テニスで体力の向上と精神力も鍛えられたと思える。それらが助けになって、現実の自分を見つめることが出来だした様に思える。見えたところで何も変えられないかもしれないが、まず見えないことには、現実逃避していたのでは、何も始まらない。だれでもが出来ていることだが、今までは、自分よりもっと大切なものがあったことも原因だが、現実逃避している場面もあった。その精神状況から解放されるには、経済力、精神力、体力が必要なのだ。比較にはならないが、虐待され続けた人は、恐らく、虐待されている人は自分ではないとまで思っているときもある様に感じる。そこまで精神的に救いがない状況ではないかと想像している。私はその比ではないが、辛い状況に入って、自分の生活を維持するためには、良し悪しがあるにせよ「逃避」も必要だと考えている。

自転車のディスクブレーキパッド交換

ブレーキが効かないのはパッドの問題かと思い、早々にyoutubeを見て交換方法を勉強して試してみた。パッドは以前に予備用に買ってあった。始めての交換だったので不安だったが、やってみると難しい物ではなかった。ブレーキがちゃんと効いて安心だ。自転車を買って5ヶ月でパッドの一枚は完全に磨り減っていた。また予備のパッドをAmazonで購入した。今度はシマノ製にした。自転車から買うより、Amazonでシマノ製を買う方が安いのも不思議だ。今日明日には、届くはずなので、届いたら、互換性があるのは確認しているが、サイズなど見てから、問題なければ追加で購入する。今回はリアだったがフロントも時間の問題だろうし、4ヶ月で交換が必要なら予備は3つや4つ有って良いだろうから。こんなことをしていると、自転車への愛着も増してくる。一つの趣味に成りそうだ。

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いつの間にか 寒さを感じる朝

いつもの川西能勢口駅

いつもの出勤途中の朝マック。九時半なのです。ハーフリタイアーの私の時間はそんなものです。ここで待ったり休憩して、5時間程度仕事をして、帰宅。これで稼げているのなら幸せなことです。昨日はシングル練習会のダブルヘッダー。朝の部と昼からの部。シングルを6試合もこなした。両足ツリそうで最後は走れなかった。でもシングル6ゲームh私にとってはすごいことなのです。こんな幸せ過ぎる生活をいつまで送れるのだろう?と ちょっと思うことが出てきた。貧乏性なのか、心配性なのか分かってないですが、どちらにしても小さな人間なんですね。テニスクラブで同年代の完全退職した人の話を聞いていると、することがなく困っているようなのでう。おんな時間を過ごして老けていくのでしょう。そんな目標を見失った、糸の切れた風船の様ににならない為にも、ハーフリタイアーの環境とテニスのジャパンを目指した生活を送りたい。もっとも、私はテニス代とその飲み代などは自分で稼がないといけない。そんな貧乏環境が私を幸せに導いているとも言える。ここでもまた、私の幸せの原点、原動力は貧乏なのだと認識させられる。度を越した貧乏は辛すぎると思うが、適度な貧乏は幸せと活力を与えてくれると理解しているのが、幸せの元だと思う。

テニス シングル会が注目を集めている

とは言っても、流行りで注目を集めだしているだけで、本気でやる気が有るのかどうか、いや恐らく遊びの種類を増やす為のシングルと思っている人が殆どで、正直相手にする気にはなれない。でも、シングルに興味を持ち始めたことは良いことだ。テニスはシングルをやらないと上達も遅い。一般的なテニスクラブはダブルスばかりしているのが現状だが、シングルをしなければ分からないテニスが多くある。

身体がスッキリした 朝を迎えられた

昨日のシングル 6ゲームが効いたのだろう、筋肉のアチコチに疲労を感じる。それが心地よさに変わっているのだと思う。この爽快感を味わえるのも幸せの一つだ。今日は事務所で熟さなければいけない仕事が幾つかある。気持ちの整理と気持ちの区切り、そして頭の整理に役立っているブログなのですが、そろそろ稼ぐ仕事を始めます。