に投稿

朝の風が冷たくなっている

自宅から川西野勢口駅まで自転車で20分程度。気持ち良い運動なのだです。そして、この時間のマクドはゆったりして気持よい。時間を自由に使える人間や暇人しかこれない時間帯。私はすっかりその仲間入りしている。恥ずかしい話だが、最近漸く必要ではあるものの、少しだけれど欲しい物を買うことがで来はじめた。今月は洋服を安もんだけれど3着買った。私は、それで喜べる。ジョップのテニス試合参加費用に毎月1万円などで、少し趣味に使えるお金が出来たことが幸せに感じられる。恐らくテニスクラブの人では長年当たり前の様に生活し続けているから、ここに幸せを感じている人は居ない様に思える。同じこと、いや、それよりレベルの低いことをして幸せに感じている人間も居るのだから。面白いものだ。今までの人生は失敗だらけで敗北感で一杯の私だが、何故幸せに感じることが最近は多いのだろう?不思議だ。社会的に標準以上の人であれあ、私の生活に幸せを感じる人は居ないと思う。

自然に抱かれた生活をしたい。

借金を返せれば、大自然の中での生活感を味わいたい。今のテニスをやりながらできることではない。二者択一が迫られるだろう。しかし、借金が返済できてからの話でそれがいつかは分からない。70才になるまでに目処を立てたいと思っているが、さて、さてどうなるか?

ハーフリタイアの仕事環境

仕事環境、と言っても,ネットの中で契約してるサービスの見直しを始めている。今日見直しただけでも、毎月6500円くらい下がりそうだ。これは経費だからうまく運用すれば、純利益として跳ね返る。まだ他にもあるのだろう。経費を使わない様にやって来ているつもりではあったが、無駄になりつつある経費はあるもんだ。仕事時間を半分にして、純利益は半分程度を見込んでいる。売上は減らさない様にして、固定経費は出来るだけ下げる。ブログの修正に力を入れているが、変化はあるのだが、収益でみると若干は増えているが、まだまだ。アフィリエイトでの収入は月に1500円程度なんだ。頭の整理と仕事の整理。そして経費(固定費)の削減だ。できれば維持費ゼロを目指したい。今、大きな固定経費は、家賃、ネットショップのASP費用、google-adwords,yahoo-overtureの広告宣伝費、これらで毎月6万円くらいが必要だ。昨年まではこれだけで、7万円程度必要だったから2万円下げた。年間にすれば24万円の経費削減だから大きい。しかし、まだまだ考えなければ、労働時間を半分にするのだから、売上も当然減るし、今でもコロナの影響だと思っているが、売上は現象傾向だ。固定経費の内訳は、家賃3。2万円、ネットショップASPが1万円、広告宣伝費が1.5万円、合計約6万円。今日の試算で6500円下がりそうだから固定経費は5.3万円にできる予定だ。家賃は下げようがないので、他に固定経費として支払っている内訳を調べなければいけない。今考えている最低限の固定費は家賃以外に、ネットショップASPが2店舗分で約8000円/月。広告宣伝費を1万円/月とできれば5万円/月の固定経費にできる。この線が目標だと思っている。そしてブログ収入が5万円にできれば粗維持費「ゼロ」が実現できる分けだが、ブログ収益5万円は見込みすらできない。

孤独な仕事だし、孤独な人生

ネットショップを独りで運営するのは孤独なものだ。私は10年以上これを遣っている。孤独にもなれてはいるが、私の半生は虐められていた様にも思える。自分を鈍感にして生きてきたのかもしれない。良いことも沢山経験したが、ボタンの掛け違いからか虐げられて生きていた様に思っている。しかし、今の自分が幸せに感じているのは、これら虐げられていた時間も多いからだと思える。これからの人生がこの虐げられた環境から抜けられるかと思うだけで幸せに近づける。虐げられていた理由のひとつは金だ。金がないと言うことも大きな虐げだ。そこでの借金は金の奴隷になることを意味している。極端に言えばではあるが、今の資本主義は、この金の奴隷のお陰で社会が維持されているとも言える。資本主義の行きすぎた状況なのかもしれない。現状では経済が回らないから未来の金を現在に引きずり込んでいるのが借金とも考えられる。卑屈な考えと取られるかもしれないが、未来の金を支払い続けるものと、未来の金を受け取り続けられる者の違いは大き過ぎると感じている。この未来の金を払えなくなったものを救済するのが破産制度や生活保護制度なのだろうが、そもそも未来の金が使える制度に問題があるようにも思える。資本家と奴隷の構図だと思える。そんなことを考えても、今の世の中で生きているのだから受け入れて生きるしかない。

に投稿

月曜日の雨

自宅でできる仕事を事務所まで行った

雨の中 池田の事務所まで出向いた。ハーフリタイアの私だが、自宅に居ると何も出来ない時間がほとんどだし、体が起きない。駅まで歩くのでも不思議と体が目覚める。でもやっている仕事はわずか。午前中に終わっていた。時間にすれば2時感程度で終わっている。軽く昼御飯を作って食べ、昼寝をして目が覚めたら2時位になる。仕事と言ってもこの程度。その後2時間位に仕事をしたら、良く仕事をした日になる。もっと時間の使い方を考えなければいけない。池田の事務所はその為にあるのだから。テニスの日を平日に2日入れる。水曜日の午前中は決まっている。火曜日の2時か3時からも始めたいものだ。

photopea 説明の第一段終了

今で漸く 毎日20人程度が自然検索で見に来て売れている。今までの経験では最高の数字だ。しかし、それでの広告収入は50円/日程度。月にして1500円ほどだ。収入とは言えない。最低でも今の10倍の来訪者が必要なのだろう。それでも予想収入は15、000円/月だから 微々たるたる収入だ。しかし、そこまでもって行くにはどうすれば良いか? わからない。また暗中模索で対策を繰り返すしかない。最低限の説明ができたのだから、snsで来訪者を増やすことも1つの方法だと考えている。またサイト内容をphotopeaだけでなく私が使っているwordpressやイージーマイショップの説明や 実績はないが、アフィリエイトプログラムのマネートラックの説明を増やしていくことと考えてる。自分が経験していることしか書けないから、私にあその枠を越えることができない。ハーフリタイアの道導になればそれで良いのだ。想定していることは、wordpressの説明で来訪者を増やすことは難しいだろう。何故なら、検索されている数は非常に多いが、説明サイトも非常に多く私の出る幕がないからだ。でも検索数が多いことは間違いないので、pohopeaで検索してくれた人を導く事にはサービスになるだろうから必要だと考えてる。検索される数うぃ増やすには、マネートラックやイージマイショップなどまだそれほどメジャーではないソフト提供社に力を入れアフィリエイトを貼ることだと考えている。

ハーフりタイヤできる私は幸せ者

独立してからの20年。辛かった。しかし、私のボタンの掛け違い人生の中で一番生きた気がしている時間でもあった。それ以上に、今のハーフりタイア生活が送れているのはあの20年があったからだ。今の生活が幸せに感じられるのも、この20年があったからだ。人生分からないものだ。同じ事をしていても感じ方は変わる。そんな物なんだ。それが分かっただけでも幸せものなのに。人と違う生き方をしてきた人に魅力を感じるんは、ここを分かっている人が多く、そんな人間力が魅力に感じるのかもしれない。私は魅了を感じてもらえるような人間ではないが、ほんの少しはその感性の’欠片を持てた様な気がしている。

幸せの時間

ハーフリタイアの私が、少しの仕事を終えて、喫茶店でブログを書きながら、音楽を聴いて思いを巡らせている。これも私の幸せの時間だ。この空気感を楽しみにコーヒーを飲みに来ているのだから。明日への、明日からの方向を定めるためにブログを書いている。ブログにはそんな側面もある。他人から見れば自分の世界に入り込んでいる高齢者に見られているのかもしれない。それも事実なのだろう。でも心地よい時間は好きだから、幸せを感じられるから 他人からその様に思われていても仕方がないしやめる気もない。私の幸せな楽しいの時間なのだ。

に投稿

宝塚テニスオープン大会

同年代の4決めの争い

私は、昨日破れたので今日は参加できなかった。でも同年代のジャパンが4人残っていたので彼らの試合を見るだけでも大きな勉強になると思い、見学に行った。元伊藤忠商事の保養施設だった場所で、私は25年ぶりにその場所に訪問した。昔の記憶は殆どない。しかし、今でもさすが元伊藤忠と言う感じを受ける立派な施設だった。昔の記憶は殆ど無いにせよ、当時はまだ勤めていたときで、今から思えば実にオボコイ人間だった。そんなことを思いながら、テニス観戦を楽しんだ半日だった、

さすがジャパン選手は上手い

さすがに、皆勝ち進んでいた。これは技量はあるものの、それ以上に自信なのか負けず嫌いなのか、勝つのが上手い。私もその領域を夢見ているのだから、学ぶべきところは多い。安定性、試合運び、勝負どころ。私はこの点で、全ての点で劣っている。技量も勿論だが、先に述べたことなどは試合経験がものを言う。だから私も多くの試合を経験することが大切だ。できれば、勝つ試合を経験しなければならないと感じた。本当は競り勝つ試合経験が豊富であれば一番だが、ちょっと難しい。残りの時間を考えて練習することも大切な年齢だから、よく考えて対処することだとと思っている。クラブないのメンバーとの付き合いも対策は違うのだが考えて行動しないとダメになるかも。こんなちっぽけな社会のそれも、利害関係のない社会でさえ個人の我儘な思い上がりは蔓延しているからだ。そんな我儘どうしの隙間に陥ってしまうと大変な目に会う。そんなこと皆わかって居るから、見な同じように動いているのだが、私はそれが苦手なのだ。

テニス観戦を終えて、川西野勢口駅

昼御飯が未だだったので、今日はマクドでハンバーガーでも食べようと思っていたのだが、人が多すぎ止めた。近くのイートイン対応のパン屋さんで軽食を食べ、気持ちの整理でもあるブログを書いている。こんな日曜日の昼間でもこの店内も高齢者が殆ど。彼らは行くところがないのだろう。そんな人々の心の安らぎ場所になっているのだろう。私もその一人なのだからなんとなく気持ちがわかる。私もいつまでこんな生活うぃ送っていられるのだろう。私のことだから、きっともうすぐに飽きる。次の生活パターンを考えることも大切かもしれない。でも、この生活パターンはお気に入りでもあるので、案外続くかもしれない。Amazonのセールで購入したfire8、7000円位だったがフル活用している。外出時はブログのお供。これでブログを書き、同時に音楽も聞ける。夜は、パソコン作業しているとき、音楽かビデオを回している。使い勝手は最高で、コスパ最強だよ。

喫茶店でブログを書くことは 頭、気持ちの整理 だけでなく充実した時間を造ってくれる。

テニス観戦の後も、軽食を食べた後、充実感を味わっている。何故なんだろうとは思うが、人間ってこんなタイプも、私だけでなく、居るんだろう。私にとっては、好きな小説を読んでいるときと同じくらいの充実感がある。音楽を聴きながらできることもある。自分の世界に入り込めるのだろう。何の取り柄もなく、何の実績を作ることもできなかった人間なのだが、こんな時間を過ごせるのは幸せだと思う。今週は日月とテニスができない。火曜日*祝日もコートがないからできないかもしれない。しかし、宝塚オープンのテニスを見に行けるので、良い機会だ。ジャパンのテニスは自分のテニスに参考になることが多い。だからこの機会に沢山のプレーを見て、吸収する方が、テニスをプレーすることよりも為になると思える。

に投稿

明日はジョップ大会

待ちに待ったシングル大会です。楽しみのはずの試合が最近は嫌になってきている。何故?自分の失敗が嫌なのです。失敗が気になりそれが辛いのです。でもそれを乗り越えなければ次のステージが無いことは分かってます。それどころか、私の目標は次のステージへ上がることではないのです。次のステージもあくまで、通過点に過ぎません。まだまだ進んだ距離より、残されている距離の方が遥か長いのです。

テニスバカ

私のバカは1つや2つではありませんが、その一つがテニスバカです。こんな歳になって、ここまでバカに成れるのは幸せなことなのですが、バカになれば、老後の楽しみだけのテニスの人とは考えが違い過ぎて苦労する部分が出てきたのも事実です。それは私に未熟故に対応を間違えているだけなのです。幾つになってもバカです。相容れず私を冷たい人間と思われている、いや、自分勝手な人間と思っている日とが増えているでしょう。でも、それは仕方がないのです。私も自分のテニスの練習をしたい岳なのですが、方向が違っているので、多数決で言えば、私が身勝手になってしまうのです。私の人生はそんなものです。不器用な人間なのです。不器用な人間ですから、明日の試合も自分の失敗で負けることを恐れずに、負けても、負けても、次の試合に挑戦することが大切でしょう。それを粉すことで、私の道は開けると思います。私に様な人間は、足で踏みにじられてしか成長できないのでしょう。このまま進めれば、私のテニスが出来るようにだれば、今のテニスクラブは続けられない様に感じている。急を要する問題ではないのですが、何らかの手を打って行くことも大切でしょう。今のテニスクラブのメンバーのなかで練習できる相手を見つけて行くべきでしょう。同年代が良いのですが、私が求めている方向の人間はあまりに少ないのです。となると、今練習相手になっても、近い将来はただの友達になることを想定して練習するしかないのが寂しいのです。同じ目線で話せる人が欲しい。こんな当たり前な幼稚な考えを未だに持っていることが私のバカの1つであり、成長できない大きな原因なのです。この歳になって気づいても遅すぎるのですが、気づかないよりはましなのでしょう。

これからの テニス

同じ方向の同年代は見つかり憎い。ことことを前提に今のテニスをするしかない。それがベストなのだ。寂しい話なのだが、世の中そんなもの。これが当たり前でそれを乗り越えてこそ、上位に立てると言うことだ。私が不運なのではない。こんな、何処にでもある、レベルの低い悩みの対策が分かっただけでも私は幸せだと思うことにする。

に投稿

秋が始まった感じ

息子の学費支払いが終わって

最後の学費になるはずだ。支払うのが大変だった。小学校から私立に通わせて、中高大と私学だった。エスカレーターではなく、中学受験、大学受験と人並みい受験も経験しているからそれで良いと思っている。貧乏父さんには厳しい支払いだった。でも今回で終わったかと思うと。大変だった分だけ達成感を感じるものだ。今日は月末の支払いも含めて、朝一番から銀行回りで一時間半も費やした。今日のメイン仕事が支払いだと考えていたので終わってホットしているところ。川西能勢口でコーヒーをいただき、ブログを書いてる。いつのまにかこの時間が楽しみに変わって来ている。これからは私のために稼げると思うと、貧乏父さんなりに楽しみを感じている。誰かに使われて、金を稼ぐのではないからだと思う。人それぞれの性格があるから一概には言えないが、人に言えるほどの稼ぎがなくとも、楽しみであることは、趣味の1つの様なかんじなのだろう。自分が楽になる分、残りが減っていると思うと切なくも感じるが、皆が通っている道と思うと、人生ってこんな物なんだろうと思ってしまう。

借金返済は続く

これからは自分のためにといっても、現実はまだまだ借金返済を強いられている。私の仕事が人に使われているのではないが、借金に支配されているのだから、仕事が趣味だとは言えない。そう言っている自分が居ることは自覚しているが、それは格好を付けているに過ぎない。実際に借金を返済仕切って仕事が趣味だと言えると思っている。でもこの本音を言える相手は非常に少ない。コンプレックスの裏返しなのだろう。

ブログで本音を書いていると気持ちの整理になる

誰にも言えない生活苦でもある、今までの実態。それがブログで書けるようになってきたが、それは借金返済のある程度の目処が立ってきたから、少し前まで、破産への崖を見ながら尾根を歩いている状態んときは、自分で冷静に見つめることが怖かった。怖くても歩かなければいけないから、止まることが出来ないから、自分を誤魔化しながら足を進めていたことも事実だ。そんなときは、ブログであっても書けなかった。今、書けるようになったのは、借金返済の目処が辛うじてたって来たからだ。人間って弱い者だ。不思議なのは、崖っぷちを歩き続けた時間が一番思いで深いことだ。そう考えると、私はそう言う人生が似合っていると言うか、そう言う人生を送る様に生きてきたのだろうと思う。

今日も 和やかな夕暮れ時になった

今日のメイン仕事の支払い業務は午前中に終わって、残るは佐川急便の支払いだけ。今月も何とか終わりそうだ。これからは、自分の為に働けると頭では理解しているものの、その感覚がついてきていない。売り上げが少ないと、以前と同じように落ち込む。借金返済が進むまではそれで良いのかもしれないが。そう言う問題ではなく、人間って慣れで動いている証拠だと思う。今はそんなことより、持続化給付金の請求などすぐに金になる事をしなければいけない。今、借金返済の目処があると言うのも、持続化給付金のお陰でもあるのだ。

キャンプ場をて作りしている若者夫婦のビデオ

私にできる仕事ではないが、羨ましい気持ちで見ていた。発想も勇気も並外れている。大きさもユニバーサルスタジオ程度もあり広大だ。私にできる仕事ではないが、私にでも ちょっとした化ねができれば、岡山辺りの安い敷地、古い住宅付き、を購入して真似事くらいは可能かも知れない。人生最後になるだろうが、私の秘密基地を作るのも良いかもしれない。古い住宅でも、中でテントを張れば、少しの間は生活できる。トイレと水回りがあれば、誰かそんなことが好きな人が居れば良いのだが、私に友達はいないから 一人でするしかない。大自然を感じながらのキャンプ生活と思うと良いかも知れない。ただ単なる趣味だ。そこでブログでも書いていれば、それで生活できれば、それも楽しそうに思える。テニスでジャパンを目指すのも楽しい。両方出来れば最高だろうな。私はその程度の器なのだとつくづく感じる。そんな地方にもテニス練習できる相手が居れば良いだろうが、そこまで考えると何も出来なくなる。私の金銭バランスで考えると購入費用は100万円台程度しか無理だろう、改築に金を掛ける気はないが、でもそれなりに必要になるだろうから。行動に移せるとしても、借金返済の目処が殆ど終わらないと危険だ。今さら破産への道は避けたいから。行動に写せるかどうかは次の問題として、1つの夢として、下調べも楽しそうに思える。安いリゾートマンションで生活するより楽しさは大きいだろう、しかし私はこの歳で一人での活動になるから、全てが失敗しても仕方がないと言う範囲でしなければならない。そんな秘密の基地があったとしても、何をするのか?年老いたジジイが仙人の様に生活しても何か魅力を感じる人がいるだろうか?居ないだろう。この何かしらの魅力を与えられるものを探すことも大切に思える。極々一部の人間にだけ魅力を感じてもらえれば良いのだが、何もないかもしれない。私の発想は結局今までの枠のなかでしか動いてないから、魅力を与えられないのだろう。山小屋暮らしの高齢者 というキーワードで何が出るか探してみるのも何かの参考になるかもしれない。私が知っている限り、そんな生活を送っている高齢者は陶芸なり何かの趣味を持っている。私には何もない。テニスは田舎ではできない。相手が居ない。そこそこの広さの土地があっても、そこに来る人がいるのか?万が一来人が居るとしても何を求めてくるのか?ビデオで見た キャンプ目的程度しか私には思い付かない。車中泊用の宿泊できる無料施設かな。維持すらできないだろう。そんなことを考えている間に歳をとり体が動かなくなってしまうのだろうか・・・それで良いと思えるアイデアが必要だろう。

に投稿

秋の晴天は気持ち良い

今朝もいつものマクド。九時半、この時間は高齢者が多く活気はないが、適度に空いているので100円と考えると十分だ。私も彼ら高齢者と変わりないのだけれど、自分では受け入れていない。もしかすると、皆がそうなのかもと思うと、ちょっと居たくない気持ちになるが、人間ってそんな者だとも思う。だから厚かましい奴が生き残るのだろう。

3年計画

私の資金繰りを考えていたが、ようやく、方向が見つかってきた。結局、私が仕事から解放されるのは相当先までない。ただ半リタイアーの様に生きられるから、それで幸せだとは思う。テニスクラブの同年代とは同じいなれない。しかし、考えてみれば、同年代は完全リタイアして暇をもて余しているタイプと、高級取りではあるが、略毎日仕事をしているタイプに別れる様に思えている。私など、半リタイアで一番自由人だと思われているかもしれない。また事実がそうだとも思える。少なくとも、後3年は25万円を毎月稼がなければいけない。自由に仕事をして、自由にお金を使えれば、本当に自由人だと思えるが、私は借金返済が7割だから、窮屈なのだが、回りから見れば、内情まで知らないから、自由人にしか見えないだろう。テニスに関しても言えば、週に2回シングル練習をして、さらに、不定期にシングル合宿の様なものに参加させてもらっている。来月からはシングル練習を週に3回に増やすよう考える。そんなことをしていると、テニスに腕も復帰するにだが、試合運びやポジションの考えは完全に復帰しているように感じている。すると、いつものテニスクラブではテニスをしている気になれないのだ。人間って本当に自己中なのだと呆れる。仕事をしなければいけない状態で仕事を楽しむ。私にはそれしか出来ないのだ。少なくとも後3年はそうなんだ。仕事をしないでも良い状態で仕事を楽しむのあ私は憧れていた。しかし、そんなこと普通はないのだろう。

しなければ前へ進まないから

こんな状況だから仕事をするのだろう。もし、そうでなければ、仕事などしないかも知れない。いや、恐らくしない。毎日と言うか、放浪の旅に出ているかもしれない。私は、そう言うパターンが好きな人間だ。のんびりやなんだ。でもそんな環境に入ってしまえば、生きている方向さえ見失うこともある。何故って、そんな環境を夢に思ったことは何度も何度もあっても、経験はないのだから。私の経験は金に追われて借金しての生活しかない。この20年はそうだったし、その20年が私にとっての濃い人生だったから。だから、これからの3年が一番充実した日々になるのかもしれない。そんな予感さえする。

どこまで 私の根性があるのか?

試されている気分だ。今までも、私なりには頑張ってやってきた。しかし、それ程の稼ぎは得られなかった。今までの目標というか生きがいは、息子を社会人にすることだった。決して立派な社会人を求めているのではなく、社会の中で自分らしく生きていける人間になって欲しかった。その夢がほぼ終えた。まだまだだが、社会に出ていけるとこまでは育ったと思っている。私の次の目標は、借金返済とプラスアルファーだ。そう考えると、力も沸いてくるかもしれない。そう考えると、私も少しは成長させてもらった気がして嬉しい。新しいステージに私も立たせてもらえているのだと、漸く理解が出来て来た。何故今まで分からなかったのだろう?と思うくらいなのだから、本質はバカのままだ。

に投稿

ニュースでは紅葉が取り上げられる季節

朝はこのまったり 空いているマックがお気に入り

朝からなんだえれど、私は塾年別居に進むのが似合っているだろう。離婚するまでの準備ではなく、それほどの勇気がない、見方を変えればダサイ男だから。生活の資金繰りを昨晩考えていたが、最大のポイントは賃貸に出しているマンションのローン返済だ。この返済さへ済めば、利回りの問題ではなく、安心感からそのまま持ち続けたい。しかし、返済が辛くなれば売却して残った金で他の賃貸物件、ワンルームマンションになりそうだが、小さな賃貸マンションに変えて毎月3万円程度になるかもしれないが、収入を得るべきだ。そうしないと、私はテニスをすることもできなくなる。単純な話なのだ、後4年今のままで仕事を続けられれば、目処がたつ。4年続けられれば、借り入れ残高は500万円になる。そうなれば、そこで再思考だ。寂しいのは、今打つ手がないことだ。今まで借金地獄の中で生きていたから、そこから一時の安らぎを得るために、格安リゾートや田舎物件を探し、借金が終わった後の生活を試行錯誤していた。その延長で先のことを考え、今はなにも出来ないと言うスタンスであった。しかし、ようやく考え方を変えるときが来た。今出来ることを考え、その考えと、3年後、4年後との比較をするべき環境になった。やっと逃避から計画になったのかもしれない。その延長せんに熟年別居もある。そのとき、今まで現実逃避の手段であった格安リゾートや地方都市物件の知識も役にたつかもしれない。

平日の朝九時過ぎのマックは高齢者が多い

この時間は空いていて 平日の朝のまったりがマックでも100円で味わえるからだろう。私はその一人だ。これからの計画、逃避ではなく計画、を考えられる段階に入ったことはもしかしたら、とんでもない大きな進歩なのかもしれない。残ってる人生何年かは分からないが、それが惰性だけの逃避思考から、現実思考に変えられるのだから。一般的に言うと、レベルの低すぎる話なのだが、自分の人生なのだから受け入れて生活を楽しむしかない。あと4年が1つの転換期だと考えると、今の事務所を少しでも快適な生活空間にすることも大切だ。ベッドも作った方が良いかもしれない。別居ができる環境を造っておく方が安心だから。現実思考の最初の一歩として、別居生活の準備になる。のこり多くない人生だからズルズルしていると、それだけで、時間が減っていき、さらに行動が鈍ることになるだろうから。

賃貸にしているマンションの収支

賃貸人が入って居るときは、年間の支出が72万円で減る返済額は120万円だから、年間で約50万円のプラスを生んでいる。あと4年と言うのは、4年間この状態が維持できれば500万円近く返済が減るのです。理想を言えば、その間に全額返済できれば最高なのですが、それはかなり不可能に近いでしょう。今までの息子の学費分を全て返済に回せれば可能なのですが、そこまで稼げるか?が大きな問題なのです。これも少し時間を掛けてその生活をしながら体を、そして頭を馴らさなければ真っ当な判断ができないと思っているからです。この可能性はゼロではないですし、その半分の年間プラス50万円返済できるだけでも大きく変化するかもしれないので、少額でも毎年返済を多くすることに心がけることだと考えます。

に投稿

マンションを買い替えるべきか?

借入残高が少なくなった

市場価格と借入残高の差が、600万円のプラスにまで借入金が減った。11年前は-800万円だったことを考えると、雲泥の差だ。私の年金生活になったときの唯一の小遣いはこの賃貸収入になることが明白だから。欲呆けしている嫁とはいつまで生活には疑問が散在して先行き不明だから。私は自立を考えている。私が働けるのは後4~5年だと思っている。最近特に感じていることは、加齢とともに皆自分勝手が強くなっている。テニスクラブのメンバーにせよそうだ。家庭内での問題もそうなのだが私としては自分勝手、自分のことしか考えられてない。そんな人々にウンザリしている。人間関係はそうであっても最終的には独りで生きれない人間には発言権すら薄らぎ自己主張できないことになる。

一人でも生きていける環境を作るためには

賃貸に回しているマンション売って、数約万から一千万円を切るマンションを購入し賃貸に回すことも一つの方法である。この額だと場所の良いワンルームか1LDK程度になってしまい、家賃は6万円程度、マンション管理費が1.5万円程度だろう。となると実質収入は4.5万円ていどになる。今所有しているマンションは家賃8万円、管理費が1.8万円だから実質収入は6.2万円となる。ただ所有しているマンションは借入金返済で実質5.8万円の支出になっている。所有しているマンションの借入金が消えるまでにはあと8年掛かる。私があと8年働ければ良いのだが、正直分からない。立地の良いワンルームマンションであれば、管理費が1万円程度だろうから空き室の時のリスクは少なくなる。ファミリーマンションであれば管理費が2万円くらい必要なところが多い。色々物件情報を調べ始めたのだが、良いと確信を得られる物件はないものだ。そうなると、所有している物件もそう悪くない気がしてくる。仮に今すぐワンルームマンションを購入したとして私の収入は12万円+家賃収入程度だから、想定できる金額は16万円程度になり、何とか一人暮らしができる様になり、病気など、どうしようもなくなったときは、所有不動産を売却して一時金を作るしかない。