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12月最初の週末

今年も残り少ない

土日はシングル練習会が入っている。そして月曜日からジョップのテニス大会。Fクラスの大会だ。私もジョップ大会出場4回目になる。そろそろ勝たなければいけない相手との試合が始まる。これもまた、新たなプレシャーでの練習になる。勝たなければいけない相手に順当に勝つことは非常に大切な練習だ。上手い相手に向かって行く試合とは別物だ。その両方が出来てこそ勝ち残れる。

請求書を発行

資産家になった嫁に、マンションの「清掃 及び 事務管理費」として60万円(年間)を消費税込みでは66万円の請求書を発行しなければいけない。不思議と私まで金回りが良くなっている気になる。バカの証拠だ。私は、私のマンションの借り入れ金の返済が終わるまでは火の車であり、以前より火の勢いが弱まった程度なのが現実なのだから、この現実認識が甘くなると、また大変な状況になる。ただこの金は会社に入る金だから、私は給料として取るしかない。今年は利益が大きくでるだろうが、税務的には累損を処理して処理する予定だ。消費税だけは多くなるのかもしれない。仕方がないのだろう。本来なら来年の給料は減らす予定だったのだが、今年と同じ給料で維持させるか、もしくは少し減らす程度の給料で処理するのが良いだろう。今年と横並びの給料で、できれば100万円程度マンションでの借り入れ金の返済に充てたい。順調にいけば、マンションの借り入れ金返済にあと8年なのだが理想は後3年で終わらせたい。そのためには毎年200万円余分に返さなければいけない。これが理想なのだが、現実は最低でも余分返済が100万円~150万円したい。

 

事務所帰りのカフェ

日課になっている。明日は週末でテニスのシングル練習が2部あるし真っ直ぐに帰ろうかとも思っていたのだが、今日の売上は一日にしては最高に良かったこともあって、立ち寄ってしまった。私のプチ贅沢なんだ。コーヒーが飲みたいとか休憩がしたいと言うより、プチ贅沢をしている自分が好きなんだろう。まだまだ、大自然の中で一人を楽しめるような器がないのだ。帰り道に稲川があり、川原に降りればちょっとした自然を味わえる。寒いとは言え、器ができていれば楽しめるだろうが、今の私はカフェの方が良い。いつになればそこまで変われるのか疑問だ。なのに、今でも、コンテナハウスやらユニットハウスを調べてもいる。そんな矛盾も楽しいのかもしれない。大自然の中で孤独を楽しめる器があれば、テニスも強くなれると思う。自分を変えることができれば、着いてくる変化は計り知れないときもあるのだろう。

 

嫁の遺産管理もひとつの仕事になるかも?

資産管理と言っても少し増やしながら、息子に引き継げる様に段取りするのが私の役割だ。何とも私らしいと感じる。自分お物にはならず、管理運営だけ、そして息子にバトンを渡す。それで良い。私はそんな事をしながら、自分のビジネスもして、テニスでジャパンを目指せたらそれで最高だ。私としてそんな幸せはない。年齢を考えると、いつ何かが起きても不思議はない。その覚悟だけはしておかなければ。

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師走だったんだ

シングル練習の朝

シングル練習を始めて、2年半が経つ。それほど進歩していないが、進歩はした。自分では、まだまだ、これからだと感じている。いつまでこの様に思えるか、それで私の到達点が決まると思う。目標はジャパン。これは変わらないが、道程はまだまだだ。毎日の自転車で脚力と体力向上に役立っている。マンネリしているのだろう。自分の気持ちを変えることができれば、今できない発想ができれば、もっと自分を変えられると思うけれど。その方法がわからなければ、コツコツ練習することしかない。今までの経験からだが、コノコツコツが一番有効に思えている。飛躍するときは、発想の転換と思えるが、飛躍する底力は惨めな程のコツコツだと感じている。だからコツコツだけで良いのか?と考えると、それでは時間が勿体ない気がする。凡人の私は、何かしら疑問を持ちながらも地味な努力しか続けられる方法を見つけられない。続けるしかないだろう。バカな人間の性だと割りきることが一番かもしれない。

来週はジョップのシングル大会

4回目の参加だ。今度はどのくらいの試合ができるか?試合慣れしてきているが、良い面と悪い面が有りそうだ。負けるにせよ勝負に拘った試合をしなければ、上達はしない。試合に慣れたが、負けることに慣れてはダメ。楽しい悩みができて幸せだと思う。

毎日、安いカフェではあるが、コーヒーを飲める幸せ

数年前では考えられない贅沢を味わっている。テニスを週に3回以上して、毎日カフェでコーヒーを頂き、タブレットで音楽を聴きながらブログを書いて頭の整理をしている。普通の生活を送って来た人ならあたりまえのことだと思うが、私にとっては、心の底から幸せを感じられる。今もそうなのだが、このひとときが安らぎであり、満足タイムになっている。もしこの時間が大自然の中で心地よい空間の中で味わえたらそれは、とてつもなく高級な味わいを得られるかもしれないと思う。でもそこで安らぎを感じる為には、もっと精神的に強くならなければ安らぎを感じることが難しくなるかもしれない。今はカフェだから知り合いはいないにせよ。人が何人も居て安心感があると思えるからだ。まだまだ私はそんなに強くない。まだまだ非日常を味わって喜んでいる程度の人間だと思っている。そう考えると、海の見える場所にコンテナハウスを造って生活を楽しむ為にもテニスとビジネスで精神的に鍛える必要がある。それができれば、今より強く成れれば大自然の中で、安らぎを味わえる様に思える。精神的に強くなれれば、車中泊の旅行でも、それはソロキャンプの様なものだけど、安らぎを味わえる気がする。私にかけているのは金だけではない。この強い精神力なのだ。これはテニスにも通じる。精神面が弱いから今の自分の殻を破れないのだ。結果進歩しないのだ。冷静な判断が一球一球必要なのだが、そのためには冷静さが求められる、その底力と言うか基盤は強い精神力なのだろう。

一球一球打つ 冷静な判断力が鍵

今まで、考えてなかった。精神状態で進歩も大きく変わる。一球一球打つ前に冷静な判断が出来れば、打ち方も変わって、ボールに合わせた打ち方、コース、スピードを決めれる。私はそれが甘すぎた。だから進歩も遅いのだ。焦って打っているのだ。今ごろ気づいた。異常に遅い気づきなのだが、気づかないよりはマシ。もしかしたら、この気づきでテニスが変わるかもしれない。大自然のなかで一人で味わう安らぎ。そんな気持ちでボール一球一球を見つめられれば変わる。大きな変化は必要ないのだ。風が吹くように、波が打ち寄せて来る様に、自然な流れで、少し、少し変化を与えられれば、強い変化が来る。自分で出来るのは少し変化。強い変化がやってくる、そこまで自分で少しの変化を与えることだ。大きな変化はいつか来る。そのために自分でできるのは少しの変化を落ち着いて、冷静に与え続けることが大切なのだ。

技術の向上が気持ちの余裕を造り、冷静な判断力を増す

技術力が上がり、待つ余裕が少しでもできると、気持ちに余裕ができる。その新しくできた瞬間に冷静な判断ができる様になることが、向上の鍵だ。この気づきは大きい。朝マックの成果だ。次のシングル練習は土曜日。試しながら間の取り方を工夫しよう。

事務所をもう少し快適な居住空間に!

今年の8月に引っ越して、4ヶ月が経った。取り合えずは大きな問題はないが、快適な事務所兼居住空間を造りたい。木材を買って,ちょっとした日曜大工をして、荷物置き兼ベッドを造りたい。レンタルスマーティの整理もしなければいけない。場所が空かない。最近レンタルの人気が下がっている。そしてコントローラーが故障しているのが2個もある。修理して、いつでも出荷できる体制をとり、不要なスマーティは廃棄するか、引き取り手があればプレゼントするのが良いだろう。場所を空けること、荷物置きを造ることだろう。荷物置きには、使ってない風呂場の活用ができれば良いようにも思える。ただ賃貸だから傷つけない様にしなければいけない。


一人大自然の中で寛げる精神力

単純なことなんだが、一人大自然の中で孤独を楽しむ精神力が私には要求されている気がする。これはテニスにも通じることだ。一人カフェでブログを書くことにも慣れてきて、それほどの収穫はないものの、気持ちの整理、頭の整理に役立っているのでそれは良いのだが、今回の気づきは成果がありそうだ。毎日続けていると、偶然が舞い込んで来る。毎日の反復練習が偶然のチャンスを見過ごさないことに通じるのかもしれない。チャンスが来なければ何も生まれないことは現実なんだが、チャンスを物にするためには、毎日の嫌なくらいの反復練習に耐えることも重要なのだと思う。逆に言うと自分で努力できることは、毎日の地味な反復練習となってしまう。これが凡人の性なのだろう。

 

夕暮れ

この季節は日が暮れるのが早い。夕方だと感じたら、すぐに暗くなる。今は5時過ぎなのだが既に暗い。テニスボールを打つ瞬間瞬間が自然に囲まれて一人で生きている。そんな気持ちになれれば良いのかもしれない。今日はいつもと違うカフェに来ている。私の中では高いカフェだ。300円もするのだから。でも300円ものコーヒーを気がるに飲める様になった現実を再認識すると、嬉しい。幸せな満足感が涌き出てくる。私は自然の中で一人生きたい願望は強い方だと思う。しかし、大自然の中で一人生活を続けられるほど、精神的に強い人間ではない。自然が好きで、一人が好きなら、強い人間にならなければできないことだ。今までは思っているだけで、実行できる環境ではなかった。それが、少しだけれど、実現できる可能性が後2~3歩のとこまで近づいてくると、それが、私が弱い人間だと言うことが分かってきた。愚かなものだ。テニスと抱き合わせて、精神修行をしよう!私の残っている人生が何年なのか?元気に生きていれるのが何年なのか。一般的には後10年程度の健康かもしれない、よければ後15年あるだろう。今仕事への行く途中、帰りの途中でカフェに入ってブログを書いているのが、楽しみのひとつだ。仕事と言っても、実際に作業しているのは毎日4時間程度。家を出てから変えるまでの時間は9時間。通勤に往復で1時間半かかっているとすると、3時間半は休憩時間になる。カフェに居るのが2回合計で1時間半。と言うことは事務祖で2時間ほどは昼御飯と昼寝で2時間取っていると言うことになる。昼寝に1時間は取っていると思うのでそんなものだろう。そしてこのタイムスケジュールが週に4日。仕事をしている時間は16時間/週と言うことあ。ハーフリタイアの私だからそんなものなんだが、これではハーフと言えない。一ヶ月54時間働いて、20万円稼ぐとすると、時給に換算すると、3700円にもなる。最高だね。こんな幸運な仕事をいつまでも続けさせてもらえないと思いながら、できる限り続けたいと願ってしている。自営業の良いとこ取りをしている様な形だ。時間を3倍働いても、収入が倍にもならない。そんな細かな小さな仕事なのだが、働く時間と収入のバランスそして、ミニマムな生活をすれば、ミニマムな生活で許される環境になったので、自由と稼ぎのバランスを良いものにできれば素晴らしい環境になる。一番の問題は、仕入れ先とのトラブルに見回れないか?と言うことだ。そんな事が起きれば、それで何を考えても終わりになる。

 

カフェを変えるだけで

見える景色が代わり、気持ちも変わる。良い意味で新しい発想が生まれそうな気になる。それにしても、どこのカフェでも、少し落ち着けそうなカフェであれば、パソコンやらスマホで何か作業をしている人が多くなってきている気がする。私が入社したころ、そう40年前なら、皆新聞か週刊紙を読んでいた。そういえば喫茶店にはテレビが一台程度は有ったように思えるが、今そんなカフェを見ることはない。変わったのだ。

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今年最後の月の始め

朝マックで頭の整理

私は朝マックと言ってもコーヒーしか飲まない。店からすればケチな客ともっているんだろう。確かに安いかた来ていることは事実だからその通りだ。朝テニス以外は殆ど来ている。それから仕事場へ向かっている。私のルーティーンだ。自転車e-bikeを気に入って毎日乗っている。テニスジャパンを目指す為には大切な毎日のトレーニングになる。金も掛からないし、このマックがある川西能勢口駅にも無料駐輪場はいくつもある。私が気に入っているのは、私の金でどうにでもなる身軽さだと思う。今まで金の奴隷生活をしていた。そして今解放に向かっていると思えるから幸せお感じているのだが、実際は奴隷生活に代わりがない。程度が変わっただけで、根本は変わってないことに漸く気づいた。今年も終わりに近づいている。私たち仮面夫婦も終わりに近づいているのかもしれない。これからは、奴隷生活解放に向けて自分の生活を作っていかなければ。

来年はどんな年にすれば良い?

一年無事に済みそうだ。一年が過ぎれば、残りが減っているのでは?と思う気持ちが分かってきた。仮面夫婦の形態はそのままなのだろうか?そろそろ転機が来るように思える。そのとき、私が自活できればおれで良い。その方が良いだろう。一生なんて、何もない、虚無の世界に思える。私は結構波瀾万丈があったが、終わっていくと、虚無感に占められている。少し金に余裕ができたら、アジア独り旅も良いかも知れない。良い場所があれば、そこにプチ移住するのも良いかもしれない。仮面夫婦と言う名前もありふれているので、パラレル夫婦と言うおとにしよう。別々で交わることがない夫婦なのだ。テニスクラブの中での立ち位置もそうなんだが、夫婦での立ち位置も自分の腹決めが大きい。誰も援助もしなければ、何も言わない。陰口はいくつも有りそうだが、陰口の範囲を越えては来ない。用は、自分の腹決めだけでどうにでもなる程度の話。パラレル夫婦として、自分住める場所を考えておく必要がある。今なら、事務所だ。次はどこ?事務所を移転して考えることだ。金の奴隷からの完全解放はないだろうから、住居兼事務所となる。固定経費を極力下げることだ。テニスはジャパンを目指しながらだから、テニスが続けられるところだ。私は来年66歳になる。70歳が近づいてくる。ちょっと恐怖にも感じる。やっと自立した生活が送れると感じて来たときが、もうすぐ66歳なんだから。パラレル夫婦の終点は死んだときかもしれない。パラレルが大きな距離を開いたパラレルになるのかもしれない。

 

貧乏過ぎて 行動力な無くなっていた

金のないときが続くと、行動力もなくなる。動くにも金が要るからだ。些細なことで気持ちの切り替えができる様になるメリットはあるが、殆どデメリットばかり。そんな時間を潜り抜けて来たから今の自分がある。他人が幸せを感じないことに幸せを感じる能力ができたのだ。昼飯を食べるのも金が必要だし、電車に乗るのも金が必要だ。そんな細かな金まで無くなってしまうと、行動できなくなり歩くことしかできなくなる。だからなのか、自転車に幸せを感じられる。

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今週は3回のシングル練習

クラブに馴染んだかな?

ジョップ試合に出て、勝ちだしたことが影響しているのか?シングル練習が長続きしていることや、参加希望者が多くなってきていることが原因なのか、クラブ内で一目置かれている感じがしている。漸くだ。私の実力を上げることが大切だ。ジャパンの道が夢に消えるか?近づくかは全て自分に掛かっている。こんな事を考えて生きているなんて、少し前の極貧生活からは想像もつかない。なんと幸せな人間なんだろう。何年か前は自分で使える金など殆どなく、テニスクラブに入るなんて夢だった。そんな人間が、ジョップ大会に毎月出場して、その話が出来る相手が何人もクラブの中に居るなんて、こんな生活夢にも見れなかった。多少はまだ無理しているが、そんな生活が出来ているのだから「幸せ」と言う以外に言える言葉がない。

こんな幸せ者で良いの?

今週もシングル練習が、水、土、日とあり、次週の月曜日からはジョップ大会に参加。テニス三昧の週になりそうだ。今は、月曜日の朝。いつものマックでコーヒーで一息中。週末に細かな注文ではあるが、いくつもの受注を受けて、そこそこの受注業務がある。幸せなことだ。こんな調子で後3年続いてくれれば幸せの絶頂になるかもしれない。頭から離れないことの1つに、子供が小さいとき、公園の帰り道で自販機のジュースが欲しいと言ったとき、ジュース代に困るほど貧困であった思いでだ。あの辛さは忘れたいが忘れられない。そんな思いでを持っている人間がテニス三昧の日々を遅れるとは夢にも思ってなかった。それだけでも幸せなのに、仕事も細々だけで続けられるなんて幸せ者だ。苦しい、人に言えない来るしさを知ることも大きな財産なのかもしれない。でも人に進められるものではない。できれば、そんな思いを味わうことなく一生を終える方を進める。何故か?それは簡単。一歩間違えればどん底にまで落ち這い上がれないことを知っているから。どこまで落ちても希望を持ち続けなければ、改善されることはない。しかし、希望、夢を持ち続けて、地獄の底まで落ちても何の不思議もない。落ちれば落ちる程、思考も変わってくる、勿論悪い方へ悪い方へ変化していくのだが、それを正当化してしまうのが現実なのだ。そんな思いをさせたくないのが本心だ。毎日、こんな思いを綴りながら生きているのは幸せなのだが、少しづつ慣れてくると、幸せ感は薄れる。人間って、程度の低いものだ。

色々な責任から解放される

私の場合は、金銭面からの解放なんだが、精神的にも、息子が社会人になることは大きい。私のような人間。自販機のジュースを火ってあげる金にも困っていた人間の息子が社会人になると言うのは、責務からの解放感で一杯になってしまう。責務と言っても責任をおってと言うより、言葉が分からないが、自分よりも大切なものへの感情なのだろう。そんな解放感のなかで、幸せを感じているのだが、慣れてくるとどうなるのかと・・・最近思うときがある。自分に何もなく生きてきた人間だったことが、始めて分かってきた様に思える。この日記を書いているのは少し前までは、苦しさや金銭的な重圧感から気持ちだけでも逃れる為だった様に思えているが、今は、何もない自分の虚無感を薄らげるために変わって行く様にも思える。年を重ねるとはそういう物なのかもしれない。まだ、私はテニスとビジネスがあるだけ幸せものだと思うが、それらが無くなるときは必ずくる。そのときの虚無感を想像することも、今の私には想像もできない。

老後の生活

私に老後はなく、目的をもって生きると考えている。今も何も変わってない。ただ、目的を持つことの難しさが少し分かって来たのかもしれない。今までそのような生活をしたことがないからだろう。この20年は貧困で生活苦の時間だった。その中で子育て、教育費の捻出は大きすぎる負担だったんで、目的になっていたのだろう。そこから解放されたのだからとてつもない自由が目の前にあるのに、その生活ができる状態なのに、テニスとビジネス以外にはまだ何も見つけられていない。その2つをもっと深堀することも良いだろう。どこかで自然に囲まれて生活をする期間が毎月一週間ほどあるにも憧れる。少し前までは生活苦の逃避の為に、それを憧れにしていて、インターネットで沢山調べた。その知識から考えると、私の金でできることは殆どない。ソロキャンプに毛を生やした程度のことしかできない。それなのに、今までの逃避の延長のように色々調べても、現実とはかけ離れる。どこかで割りきらなければ次に進まない。どの様に割りきるかを考えなければいけない。単なる現実逃避と割りきり、何も行動に移さないことも1つの方法だ。たいそうに書いているが、インターネットで調べた老後の趣味のベスト20に私の趣味と重なることが3つもある。サイクリング、ブログ、旅行(自然のなかでの生活)なのです。私も普通に老化した発想だと言うことなのでしょう。人口がそれほどいないだけで、私のメインの趣味、テニスもジョップ大会に行くと、バカと言うのが一番似合っているテニス好きが大勢いる。そして日本中を試合で駆け回っている。その経費たるや年間100万円にも上っているひとが珍しくない。私もそうなりたいと願っている。その為には今から3年間で1000万円稼ぎ、その次のステージに入れなければ出来ないことなのです。自営業だからまだ可能性は残っているので、これが今の目的になるのでしょう。と考えると、自然の中での生活は最後に考えることになる。また出来たとしてもそのときの私の年齢は70才もしくはそれ以上になってしまう。そんな年でできることなのか?という現実的な疑問にぶち当たる。憧れを見ているだけなら何でもできるけれど、現実の狭い世界での選択肢はそれほどない。でもそれに近づける方法は何かを考えると、格安別荘ではなく、車中泊できる車になる様に思える。それは、普通に言うとソロキャンプに近いものだ。キャンプをしたことも無い人間が、世間から見るとそんな高齢者ができる趣味なのか?疑問にも感じる。この方向で調べて、何もしないことも1つの選択肢と考え、下調べすることが現実的なのだろう。この課題(自然の中での生活)を考えると、急に夢が萎んだ気がする。その原因は経済力だから、仕方ないとも言えるし、稼げば良いとも考えられる。稼げれば、トレーラーハウスを購入して、格安別荘地で生活することは可能だろう。そうすれば、場所を移動することも可能なので、いずれ息子がもっていても無駄にはならないだろう。金銭的に言えば無駄かねを使うことには間違いないが楽しければ良いのだからそれで良い。トレーラーハウスとしても中古購入以外は考えられない。私は根本的に人嫌いなのかも知れない。

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今年も残り一ヶ月

毎年思うことだが、早い!

今年も早かったが、来年はもっと早く感じるのだろうか?生活の緊張感が薄らぐだろうから。緊張感なんて、自分でコントロールできると思っていたが、難しいものだと感じて来た。金の奴隷であれば借金返済の為に気が緩むときをこころまちにいている。奴隷から解放されてくると、緊張を自分で造りながらコントロールしないと、楽な方へ流れることは見えている。適度な緊張感を維持するために、テニスがあり幸せなのだが、やっぱりビジネスに関わっていないと緊張感を維持するのは難しく感じている。今までの奴隷生活から本当に抜けだすことは出来ないのだろう。悲しい性だと思うが、仕方がない。

 

どんなビジネスが良いのか?

分からないが、色んな事ができる能力が有るわけではないので、今までの延長戦で、少しづつ方向を変えていくことしかできないだろう。ブログで収入を得れれば嬉しいのだが、今増えて、安定してきたのだが、結果は毎月1500円程度。収入と言えるものではない。収入と言うためには最低でも月に5万円の収入が必要だろう。あと2~3年は今の仕事を継続しなければ成らない。2~3年は今までより軽くはなるが金の奴隷生活から解放されない。この間に1、000万円の収入が必要なんだ。注意しなければいけないことは、糸の切れた凧にならないことだ。田舎の中古格安別荘に住むことを目標に考えてもいた。しかし、できたとしても、まだまだ遠い先のことだ。今何ができるんか?新事務所の生活も考えの1つにはなるが、そこで何を寛ぐのか?同じ仕事を続けるのなら、少しでも快適な生活をと考えて移転した。しかし、仕事としてお環境は良くなったが、生活として、何か新しい世界に入れた訳ではない。私の感性では変化を求めてもこの程度なのだろう。自分の感性や発想を磨かなければ生活を変えることなど出来ないのだろう。今年私が変えれたことは、事務所移転と自転車、そしてジョップテニス。この3点くらいだ。それではまだまだ変わらない。自分の能力の低さに関心して、納得していたら、さらに自分を変えることなどできない。私ができていることは、微々たる変化だけで、そこから発展しなければいけないのだが、発展させる能力がないのだ。短時間で発展などする訳はないけれど、また、変化を求め過ぎると、大きな失敗をするだろう。幽かな変化から変化の兆しが掴みたいのだが、甘い話なのだろうか?自分の能力を限界に使いたいのだが、能力が低いのだからと思いながら、現状を自分の能力一杯での結果と思いたくない。

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月末の銀行巡り終了

支払が終わると、意外と爽やか

毎月の事なんだけど、支払が終わると、ホットして爽やかな気持ちになる。お金に追われていることがどれ程プレッシャーかを物語っている。マンションの借り入れ残もやっとなのだが、1000万円になった。まだ1千万円残っているのは大きいが、これを返し終われば大きく生活が変わる。プレッシャーから逃れられる解放感を期待しているのだが、もしかしたら、解放感とともに、喪失感にも巡りあってしまうのかもしれに。と 残高が減ってきて思う事がある。私の原動力が貧乏だと自分でも分かっているんだから当然のことなんだが、認めたくない事実なのだ。次の課題かもしれなが、まず1000万円を造り出すことだ。次の課題が生まれてきても、それから考えるしかない。私は金の奴隷として生きてきたことの証しだ。奴隷生活から解放されたとき、どうなるか?何を感じるか?自分がどんな感性になれるか?そんなことをそ楽しみに今は生きていこう。

何か、ホットしている。

テニスはこれからなのだが、それだけではなく、毎日旅をしている気持ちなのだ。勿論独り旅だ。旅気分になっているのに、毎日の自転車通勤もある。暑さ、寒さを感じながら、毎日片道30分は走る。それで気分が変わる。独り旅のドアをくぐり抜ける様なものなんだろう。でも、今既に新しい世界に入っているのだから、今出来ることを考えて実行した方が良い。奴隷生活が長かったことは事実であり、まだ奴隷生活から抜け出せていないのも現実なのだが、それが理解できたことで、新しい世界に入って来ている。私は貧乏が原動力で動かされてきた。今も変わらない部分は大きくあるが、これからの原動力を見つけることなんだ。私は独り旅が好きだから、それで良いのだけれど、何かを見つけた方が楽しくいきれる。ひとつにテニスなのだが、それだけでは物足りない。ひとつに仕事であると思う。今までとの違いは、奴隷生活の仕事ではない仕事(ビジネス)を見つけることだ。奴隷生活とはいえ、自営業で生きてきた、自分で自分を動かしてきた経験から何かビジネスを見つけたい。今の課題はそれなのかもしれない。世の中は私が経験を通して理解できるより遥かに大きい。とてつもなく大きいのだと思う。残された時間でそんな大きなものに挑戦することさえできないが、自分が知っている世界の中で生きることは止めるべきだ。と言って、扉があるとしても、今の世界から繋がる道しか歩けないことも事実だ。でも、少し考えが進んだ気もする。

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仕事にも新しい力が入る

節税の40%が小遣いに!

40%と言うのは、約60万円にもなる。毎月5万円だ。会社を通しての仕事になるから合計で給料を下げる必要がなくなる。今までの仕事から生む利益は23万円必要になる、毎月150万円の売り上げでトントンと言うことに理屈上はなる。年間売上1800万円、今年の売上はおおよそ2100万円程度だから、今年程度の売上が必要になる。ハーフリタイアの姿勢でこの売上ができれば良いのだが、何とかなりそうには思えるが、少し難しいとも思える。でも2021年はこの目標でやってみる。テニスを週に4日にして、これが出来れば良いのだが、私は目標を作ると、大抵、何かが起きて失敗してきた。今回はどうだろうか?失敗するにせよ、失敗を楽しめば良いのだ。どこで何が起きてくるのかを楽しみにしていれば良いのかもしれない。今までは上手く行くことだけを考えて軌道修正出来なかったからかもしれない。ダメならいつでも振りだしに戻れば良いのだ。私の原点はこの20年の貧困生活だから。そこに戻る勇気さえあれば、冷静さも養われるのかもしれない。今までの失敗は夢を見て、足元の変化に気づかなかったのかもしれない。そうそう上手く行くものではないから。こんなところにも、私の勇気のなさ、腹決めの悪さ、そして孤独になってしまう勇気、腹決めがなければ失敗に導かれると言うことなんだろう。こんな簡単なことが何故今まで分からなかったのだろう。甘い考えで人生を生きてきた証しだと恥ずかさを感じている。

 

新しいビジネスをどの様に進めるか?

新しいことを考えるのh楽しい。しかし、今までのことを大切にしないと全てがダメになる。収益を造って来たのは、今造っているのは今までのビジネスなのだから。そこに新しいものを産み出せないと、今までのものが何時まで続くか分からない不安がある。今一千万円稼ぐことを考えれば良いのだ。ダメでもともと、今のビジネスを継続することで、暫くは利益を継続できる。ここでも、孤独になる、バカになる勇気と腹決めが私には足りないのだろう。週に4日テニスに当てるのだから、週に3日仕事、プラス半日の仕事を二日入れる。テニスが週に2日プラス半日テニスが二日、仕事は2日プラス、半日が2日。合計6日になってしまう。休息日はないから仕事が3日、プラス半日が2日だ。これを曜日に分解すると、終日テニスが土日、半日が火水。仕事は、終日が月、木金、半日が火、水。このスケジュールで生活を組み直そう。

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週始めの火曜日

朝一番から銀行へ

家内の個人事業の節税の為に動いた。効果は期待できるが、次の問題は私に入る実入りのことだ。概ね節税効果の40%を私の取り分にしようと考えている。守銭道の家内がどの様に反応するか?だが、ノーといえば、私はそこまでの協力はしない。口先だけでできる範囲にする。家内の収入私の3倍にもなるのだから、それも不労所得でだ。それくらいの額が私の自由に使える金としてあって良いだろう。そうなれば、私のテニスもお金の心配をあまりせずに打ち込めると言うものだ。地方のジョップ大会にも参加できる。自分でも想像もしていなかったことに発展する可能性がある。それほどの期待はしていないが、妙なもんだ。

今日は週始めの割には受注が少ない

受注が少ないのは辛いが、来年から出費が大幅に減ると思うと、とても気が楽だ。人生の春が来た気になっている。この春は短いのかもしれない。でも春が来れば、春を満喫するのが一番だ。一番大切なことは、自分の仕事を全うに続ける努力をすることだ。ハーフリタイアは良いのだが、半分は仕事をさせてもらっていると言う感謝の気持ちで生きることだと思っている。

月末近くなので 後2件の銀行巡り

川西能勢口に来る用事の3割り近くは、銀行巡りになっている。残高が十分にあれば、銀行巡りの回数は半減以下になる。貧乏人は足でカバーするしかないからだ。この貧乏生活が幸せ感をここまで上昇させてくれていることも現実だから、何が良いのか分からない。今日は銀行が混んでいた。まだ今週中に済ませなければいけに支払が数件残っている。今日は仕事があまり進まなかった。理由は鬼嫁が60万円を快く受け入れるかどうかが気になっているからだ。これからの私にとって毎月の5万円は大きい。車でも格安別荘、マンション、でも買えてしまう価値だ。逆に言えば、これが夫婦の仕事になってしまうか?、これが基で別れるかになり得る仕事になってしまう。嫁に話をしたところ、呆気なくOK! 予想はしていたが、良い結果だった。不思議とマンション管理がこれからの二人の共通点になる気がする。私のマンションの返済を終えられれば、毎月10万円もの小遣いが使える。ジョップテニス巡業ができる。私のテニスに力が入る。

 

明日は朝練。

9時からテニス シングル練習。なんと幸せなことなんだ!3年前に今の状況は想像もできなかった。テニスに関しても、仕事に関してもだ。浮き沈みの激しい人生だと思う。浮いても、沈んでも、極める程に激しいもんではないが、自分ではもっともっと平凡な人生だと思っていた。客観的に見るとこの様な生き方をする人間は、どこか社会不適合者に多い。だから、私もある意味で社会不適合者なんだと思って良いだろう。このレッテル名が嫌いだから受け入れたくないのだが、現実なのだ。もうそれで良いと思える年齢になっているし、それなら今までの人間観察力で嵌められるより、嵌める側に回れば良いのだ。嵌めると言っても、陥れるのではない。言葉を選ぶのが難しいが、嵌めて他人も自分も幸せに成れればそれは最高の結果だし、読みを間違えても、誰も不幸には成らない。この腹が決められなかったから、私は振り回され、ボタンをかけ違えていたとも思える。自分で腹を決めて、自分から孤独になれば良いものを、寂しいがりやの弱虫の本性が顔をだすから、どっち付かずの振り回され役に陥っていた気もする。社会とはそんな者なんだろう。気付くのが遅すぎた。しかし、気づかないまま生きているのと比べると、良い方なんだから満足するのが幸せに近づく。自分を認めてT欲しいと甘える気持ちが、利用される糸口を相手や、回りに与えているのだ、どちらにせよ、孤独なものなんだ。ボッチなんだ。でも意外な一面もある、シングル会など孤独でしていたことが人が集まりだしている。だから、人が集まっても、皆での意見を信じるのではなく、孤独に独りで決めることが重要なのだ。どんな方法をとっても、いつまでも続くものはない。魅力が薄れれば、人は離れていく。自然の摂理だ。そんな事を考えていると、今の時間、カフェでこのブログを書いている時間が好きになってくるのだ。頭の整理には最適な時間なんだ。